日別アーカイブ: 2015年8月17日

荷風「ふらんす鉄道物語」

佐々木桔梗とプレス・ビブリオマーヌ[2]

『荷風「ふらんす鉄道物語」』佐々木桔梗
1973.4・限定335部
プレス・ビブリオマーヌ

 永井荷風(1879-1959)の『ふらんす物語』に登場する鉄道について詳述したエッセイ風の研究書。かつての発禁本『ふらんす物語』(1909)といえば“紅灯の巷”。そうした方面については小門勝二の『荷風ふらんす漫談』(1974・冬樹社)などがあるが、『ふらんす物語』の鉄道を扱ったものは、おそらくこれが唯一だろう。桔梗氏も自ら「このテーマは最初にして最後のもの」と記している。
 「折々通る汽車の烟は、女帽につけた駝鳥の羽飾りのやう、茂つた林の間を縫つて、ふつくりと湧き上り棚曳いて行く。」など、『ふらんす物語』本編での鉄道は添景として、わずかにでてくる程度だが、その序章ともいうべき「フランスより」(『あめりか物語』所収)には、荷風が初めてフランスに到着した港のアーブルからパリ、そしてリヨンまで、列車の車窓の風景を詩情豊かに描写した「船と車」という章がある。
 内田百閒の『阿房列車』の愛読者が、百閒の乗った列車を知りたくなるように、荷風好きで汽車好きの桔梗氏は、荷風が乗車した列車を事細かに調べたくなったのだろう。荷風が滞在した20世紀初頭、第一次大戦前のフランスの鉄道、さらに、帰国前に立ち寄ったイギリスの鉄道についても触れている。
 本冊と写真資料の別冊を納めた夫婦函は“コートダジュール”の青色に染めた布装。表に小さな宝石を嵌め込んでいるが、これは『ふらんす物語』にある「晩餐」の一節、「南方行の夜汽車の鉄橋を過行くのが見えた。星が二ツばかり飛んだ。」をイメージしたという。
 なお、特装本の53部は青色の総革装。桔梗氏が特急「ミストラル」の売店で入手した「LE RHODANIEN」(フランスの特急列車名「ローヌ河」)と書かれたトランプカードが表につく。

「濹東綺譚」の汽車・煙草・本

佐々木桔梗とプレス・ビブリオマーヌ[3]

『「濹東綺譚」の汽車・煙草・本』佐々木桔梗
1973.4-5・限定305部
プレス・ビブリオマーヌ

 『荷風「ふらんす鉄道物語」』の姉妹編ともいうべき永井荷風の『濹東綺譚』(1937)を題材としたもので、これも小説の舞台となる“狭斜の巷”玉ノ井ではなく、そこに登場する汽車や煙草、また、私家版『濹東綺譚』の写真に使用したカメラなど、桔梗氏の趣味にスポットを当て、事細かに調べた好事家向けの作品になっている。
 『濹東綺譚』に汽車は登場しない。強いて挙げるなら「踏切の両側には柵を前にして円タクや自転車が幾輛となく、貨物列車のゆるゆる通り過るのを待つてゐたが、」といったくだりだろう。玉ノ井(現・東向島)を走る東武鉄道が高架になる以前の光景で、この路線は電化した後も、ピーコックなどイギリス製の蒸気機関車が貨物列車を牽引していた。
 また、私家版の『濹東綺譚』では、荷風が自ら撮影した、踏切を走り過ぎる東武電車の写真を載せ、「木枯にぶつかつて行く車かな」という俳句を添えている。これも“汽車”ではなくて“電車”なのだが、桔梗氏は「ぶつかつて」という句の表現は、貨車を牽いていた汽車をイメージしたものに違いないという。
 なお、『濹東綺譚』には、玉ノ井を走っていた京成白鬚線の廃線跡もでてくるのだが、これについては電車だったせいかあまり触れていない。桔梗氏の関心はあくまで汽車なのだろう。
 赤い布装夫婦函の中には表題作の『「濹東綺譚」の汽車・煙草・本』、『私家版「濹東綺譚」の冩眞機』、各写真資料の別冊が含まれ、また、大野秋紅氏の著作『私家版「濹東綺譚」その俳句と冩眞』も納められるようになっている。特装本の26部は黒のスエード装。