「濹東綺譚」の汽車・煙草・本

佐々木桔梗とプレス・ビブリオマーヌ[3]

『「濹東綺譚」の汽車・煙草・本』佐々木桔梗
1973.4-5・限定305部
プレス・ビブリオマーヌ

『荷風「ふらんす鉄道物語」』の姉妹編ともいうべき永井荷風の『濹東綺譚』(1937)を題材としたもので、これも小説の舞台となる“狭斜の巷”玉ノ井ではなく、そこに登場する汽車や煙草、また、私家版『濹東綺譚』の写真に使用したカメラなど、桔梗氏の趣味にスポットを当て、事細かに調べた好事家向けの作品になっている。
『濹東綺譚』に汽車は登場しない。強いて挙げるなら「踏切の両側には柵を前にして円タクや自転車が幾輛となく、貨物列車のゆるゆる通り過るのを待つてゐたが、」といったくだりだろう。玉ノ井(現・東向島)を走る東武鉄道が高架になる以前の光景で、この路線は電化した後も、ピーコックなどイギリス製の蒸気機関車が貨物列車を牽引していた。
また、私家版の『濹東綺譚』では、荷風が自ら撮影した、踏切を走り過ぎる東武電車の写真を載せ、「木枯にぶつかつて行く車かな」という俳句を添えている。これも“汽車”ではなくて“電車”なのだが、桔梗氏は「ぶつかつて」という句の表現は、貨車を牽いていた汽車をイメージしたものに違いないという。
なお、『濹東綺譚』には、玉ノ井を走っていた京成白鬚線の廃線跡もでてくるのだが、これについては電車だったせいかあまり触れていない。桔梗氏の関心はあくまで汽車なのだろう。
赤い布装夫婦函の中には表題作の『「濹東綺譚」の汽車・煙草・本』、『私家版「濹東綺譚」の冩眞機』、各写真資料の別冊が含まれ、また、大野秋紅氏の著作『私家版「濹東綺譚」その俳句と冩眞』も納められるようになっている。特装本の26部は黒のスエード装。