ウルトラモダンな春

昭和初期・京阪電車の沿線案内

 一九三〇年の歪んだ、疲れきつた春が、舗道の上をよろめいてゐる。酔どれの様に。
 みなさん! あなた方は踊り子の脂肉に、テンポに、光に、スピードに、ビルデイングに、腐れた花の様な春の匂ひを嗅がうとしてゐるのか。春、春、春。
 樹は粋な春服。花は華やかな訪問着。小鳥は歌をこめたシヤンパン。野、空、山、自然の餐宴場だ。さあ、杖をとつて煤烟と塵の街を蹴飛ばさう。春の招待へ……。

『春を京洛で迎へたい。桜を見たい』とダグラス・フエアバンクス夫妻が都ホテルの露台から瞰下した時、限りない思慕と憧憬を寄せたその春が訪れた。さては、洛南宇治の畔、麗湖琵琶の白い胸毛へ。自然と史話に恵まれた京阪沿線の春よ。頌へよ。笑めよ。

 これは昭和初期に発行された京阪電鉄の春の沿線案内にある「プロローグ」。文中のダグラス・フェアバンクスはアメリカの映画俳優で、1929(昭和4)年と1931(昭和6)年に来日した。観光パンフレットらしからぬ文体に驚くが、その表紙も、ダンスを踊る男女や疾走する電車が未来派風(?)のタッチで描かれた“ウルトラモダン”なものだ。
 イラストの電車は転換クロスシートを備えたロマンスカー600形のイメージか。“モボ”と“モガ”がロマンスシートに座って春の行楽にでかける光景を想像する。