私の思い出珍写真」カテゴリーアーカイブ

ハイゼット万歳

私の思い出珍写真[1]

 1980年代初めのことである。今はなき日立電鉄を撮影した帰り、常磐線の車窓に妙なものを見つけた。線路の上に軽トラが載っていたのである。
 早速、最寄りの天王台で下車し、近くまで行ってみると、フロントマスクの形から「ドラえもん」と呼ばれる360ccのダイハツ・ハイゼット(4代目)とトロッコが、レールを流用したと思われる長いリンクで繋がれていた。
 クルマはもとのホイールのまま、その周りが車輪になっている。ナンバーもついているので、車輪をタイヤに交換して道路も走る「軌陸車」なのかもしれない。
 その日は既に日が暮れて、うまく撮影できなかったため、後日再訪してみると、ハイゼットは2ストロークエンジン特有の白煙を吐きながら、バラストを積んだトロッコを牽引して、線路を行ったり来たりしていた。
 当時、常磐線の我孫子〜取手間では複々線化の工事が行われていた。ハイゼットは新しく敷いた線路のバラストを撒くために使われていたのだった。

 近年ではDMV(Dual Mode Vehicle)と称する車両が登場しているが、天王台で見たような、既存のクルマに車輪を履かせたものも、調べてみるといろいろあるようだ。
 名鉄には軽トラの三菱ミニキャブ(5代目)を改造した保線用のモーターカーがあるという。外観はほとんど軽トラのまま、天王台で見たハイゼットと似ている。
 また、1950年代のフランス国鉄には、シトロエン2CVバンの保線用モーターカーがあったという。

廃線とブタ

私の思い出珍写真[2]

 相鉄の相模大塚から分岐し、厚木飛行場へ続いていた引込線は、戦時中の1941(昭和16)年に敷設されたもので、戦後、飛行場とともに米軍が接収、1998年まで航空燃料の輸送に使われたという。
 今ではレールが撤去され、その跡地に家が建っているが、それまでの長い間、引込線は放置されたまま、ところどころに草が生い茂るなど、寺田寅彦(夏目漱石の門下生でもあった)の俳句「昼顔やレールさびたる旧線路」を思わせる風情があった。

 20年ほど前、海老名で小田急ファミリー鉄道展を見た帰りに、この引込線を訪れてみた。
 線路は1キロ程度の短い距離ながら、建て込んだ民家の中を抜けたり、東名高速の上を渡ったりと変化に富んでいた。ビンケースやゴミバケツなどが置かれた居酒屋の裏手には小さな踏切もあった。
 そんな踏切をカメラに収めようと近づいて行くと、線路に何やら大きな黒い動物が見えた。大型犬か? それにしてはズングリしている。さらに近づいて見ると、それは大きな黒ブタだった。
 東南アジアの線路端にブタが佇む写真を見たことがあるが、まさか日本でこんな光景に出会うとは……。体にはハーネス(胴輪)がつけられ、誰かが飼っているようだが、飼い主は見当たらず、一匹だけでモクモクと線路に生えた草を食んでいた。
 近年ではブタもペットとして人気があるらしいが、こんなに大きなブタを飼う人がいたのか。すぐ近くには「厚木豚」と看板に記した店など、飲食店が軒を連ねていたので、もしかしたら食用だったのかもしれない。

後日訪れると、今度はネコがポーズをとってくれた。