佐々木桔梗とプレス・ビブリオマーヌ[1]
『鉄道ファン』や『鉄道ジャーナル』に、「鉄道と文学」「鉄道書の書誌学」といったユニークなエッセイを寄稿した佐々木桔梗(1922-2009)。氏はプライベート・プレス(印刷や装幀にこだわった限定本を刊行する「私的」な出版社)の「プレス・ビブリオマーヌ」を主宰し、自ら著した鉄道書も数多く上梓した。
近年、デザイン誌の『アイデア』でプライベート・プレスの特集が組まれ、そのNo.367(2014.11)に、ビブリオマーヌの本が数ページに亘って紹介されたが、本稿では、デザイン誌とはまた違った視点で、桔梗氏の活動のなかでも鉄道趣味に焦点を当て、ビブリオマーヌや他社の単行本、雑誌に掲載された作品も紹介する。
1922(大正11)年、芝三田の由緒ある本願寺派の寺、教誓寺に生まれた桔梗氏は、たいへん恵まれた環境に育った。幼い頃に祖父とでかけた線路端で汽車に惹かれ、やがて、鉄道写真に興味をもち始めるが、15歳の頃には、当時のサラリーマンの月給の倍くらいしたドイツ製カメラ「バルディナ」を買い与えられたという。
撮影した写真のアルバム作りには、説明文やレイアウトの工夫も必要になる。そうしたことが文章や装幀(デザイン)に関心をもつきっかけになった。
仏教系の大学に進学し、京都で暮らすようになった桔梗氏は、ある古書店で江川書房からでた堀辰雄の『ルウベンスの偽画』(1933)と出会う。それからは限定本や美書にも興味を惹かれるようになり、蒐書耽読の生活が始まった。
戦時中は徴兵されて南方に出征するが、無事復員し、戦後しばらくは学生向けの『ジュニア・タイムス』などに記事を書く新聞記者として働いたこともあった。
その後、野田書房からでたアンドレ・ジイドの『窄き門』(1937)と出会ったことで、再び愛書熱に火がつき、1956(昭和31)年にプライベート・プレスの「プレス・ビブリオマーヌ」を立ち上げる。
後年、父の跡を継いで教誓寺の住職になるが、1981(昭和56)年までの25年に亘り出版活動を続けた。上梓した本の執筆者も、堀口大学、三島由紀夫、澁澤龍彦、吉行淳之介、安部公房など、錚々たる顔ぶれが並ぶ。
ビブリオマーヌの本のなかには桔梗氏自身の著作もある。装幀や稀覯本に関するもののほか、やはり多いのは鉄道関係である。それらの刊行が1970年代に集中しているのは、この時代に終焉を迎えた国鉄の蒸気機関車やオリエント急行の影響だろう。
なお、ビブリオマーヌを紹介した文章には前述の『アイデア』のほか、下記のものがある。
佐々木桔梗「私の仕事」(『本』No.1 麦書房・1964.2)
村島健一「珍本気違い(プレス・ビブリオマーヌ)の主人」(『芸術生活』No.202 芸術生活社・1965.1)
佐々木桔梗「装本二十五年の哀歓」・峯村幸造「佐々木桔梗=本の美学」(『季刊銀花』No.40 文化出版局・1979.12)
佐々木桔梗「出版三昧」(『これくしょん』No.208 吾八書房・1995.12)