荷風「ふらんす鉄道物語」

佐々木桔梗とプレス・ビブリオマーヌ[2]

佐々木桔梗『荷風「ふらんす鉄道物語」』
プレス・ビブリオマーヌ
1973.4・限定335部

 永井荷風(1879-1959)の『ふらんす物語』に登場する鉄道について詳述したエッセイ風の研究書。かつての発禁本『ふらんす物語』(1909)といえば“紅灯の巷”。そうした方面については小門勝二の『荷風ふらんす漫談』(冬樹社・1974)などがあるが、『ふらんす物語』の鉄道を扱ったものは、おそらくこれが唯一だろう。桔梗氏も自ら「このテーマは最初にして最後のもの」と記している。
 「折々通る汽車の烟は、女帽につけた駝鳥の羽飾りのやう、茂つた林の間を縫つて、ふつくりと湧き上り棚曳いて行く」など、『ふらんす物語』本編での鉄道は添景として、わずかにでてくる程度だが、その序章ともいうべき「フランスより」(『あめりか物語』所収)には、荷風が初めてフランスに到着した港のアーブルからパリ、そしてリヨンまで、列車の車窓の風景を詩情豊かに描写した「船と車」という章がある。
 内田百閒の『阿房列車』の愛読者が、百閒の乗った列車を知りたくなるように、荷風好きで汽車好きの桔梗氏は、荷風が乗車した列車を事細かに調べたくなったのだろう。荷風が滞在した20世紀初頭、第一次大戦前のフランスの鉄道、さらに、帰国前に立ち寄ったイギリスの鉄道についても触れている。
 本冊と写真資料の別冊を納めた夫婦函は“コートダジュール”の青色に染めた布装。表に小さな宝石を嵌め込んでいるが、これは『ふらんす物語』にある「晩餐」の一節、「南方行の夜汽車の鉄橋を過行くのが見えた。星が二ツばかり飛んだ」をイメージしたという。
 なお、特装本の53部は青色の総革装。桔梗氏が特急「ミストラル」の売店で入手した「LE RHODANIEN」(フランスの特急列車名「ローヌ河」)と書かれたトランプカードが表につく。

「濹東綺譚」の汽車・煙草・本

佐々木桔梗とプレス・ビブリオマーヌ[3]

佐々木桔梗『「濹東綺譚」の汽車・煙草・本』
プレス・ビブリオマーヌ
1973.4-5・限定305部

 『荷風「ふらんす鉄道物語」』の姉妹編ともいうべき、永井荷風の『濹東綺譚』(1937)を題材としたもので、これも小説の舞台となる“狭斜の巷”玉ノ井ではなく、そこに登場する汽車や煙草、私家版『濹東綺譚』の写真に使用されたカメラなど、桔梗氏の趣味に的を絞り、事細かに調べた好事家向けの作品になっている。
 『濹東綺譚』に汽車は登場しない。強いて挙げるなら「踏切の両側には柵を前にして円タクや自転車が幾輛となく、貨物列車のゆるゆる通り過るのを待つてゐたが」といったくだりだろう。玉ノ井(現・東向島)を走る東武鉄道が高架になる前の光景で、この路線は電化した後も、貨物列車はピーコックなどイギリス製の蒸気機関車が牽引していた。
 また、私家版『濹東綺譚』には、「木枯にぶつかつて行く車かな」という句が、荷風自ら撮影した、踏切を走り過ぎる東武電車の写真とともに掲載されている。写真は“電車”だが、桔梗氏によれば、「ぶつかつて」という句の表現には電車よりも汽車が相応しいという。
 なお、『濹東綺譚』には、玉ノ井周辺を走っていた京成白鬚線の廃線跡もでてくるが、これについてはほとんど触れていない。桔梗氏の関心はあくまで汽車なのだろう。
 赤い布装夫婦函の中には表題作の『「濹東綺譚」の汽車・煙草・本』、『私家版「濹東綺譚」の冩眞機』、各写真資料の別冊が含まれ、また、大野秋紅氏の著作『私家版「濹東綺譚」その俳句と写真』も納められるようになっている。特装本の26部は黒のスエード装。

流線形物語

佐々木桔梗とプレス・ビブリオマーヌ[4]

佐々木桔梗『流線形物語』
プレス・ビブリオマーヌ
1974.10・限定455部

 1930年代に流行した流線形の、主に蒸気機関車を、同時代の文学作品と併せて紹介したもの。満鉄「あじあ」が登場する大場白水郎の俳句などの紹介は著者ならでは。戦時中に鉄道省の監察官・湯本昇が提唱した西安-バグダード間7500キロの中央アジア横断鉄道や、それによって東京-パリ間17000キロを10日間で走るという幻の流線形高速列車「シルクロード特急」にも思いを馳せる。
 『流線形物語』には機関車の切手に関する記述も多いが、本文ページに印刷された切手の写真は、どれもコピー印刷のように粗い。これは蔵書家が、いずれ本物の切手を入手して、その上に貼るためだという。
 文章に添えられるペン画は、当時10代だった桔梗氏の娘さんによるもの。アルバイトで描いてもらったらしい。
 『鉄道ファン』No.162(1974.10)の特集「流線形車両」に掲載された「流線形礼讃!」は本書の抜粋版で、機関車の切手に関する文章などが割愛されている。

 装幀には“重症患者専用車”(53部)、“軽症患者専用車”(152部)、“グリーンA寝台車”(250部)と称する3種類がある。重症患者専用車は、白の総革装。表には『荷風「ふらんす鉄道物語」』と同様、特急「ミストラル」の売店で入手した「LE MISTRAL」と書かれたトランプカードがつく。また、革装の中にはボールベアリングが入れられ、本を振ると列車の走行音のような音を奏でる仕掛けになっている。軽症患者専用車(画像のもの)は、ドイツの流線形蒸機05の形をした題簽に汽車の絵柄の布装。これはブラウスの生地で、ある女性が着ていたのを街で見かけて尋ね、探し当てたものだという。

コートダジュール特急

佐々木桔梗とプレス・ビブリオマーヌ[5]

佐々木桔梗『コートダジュール特急』
プレス・ビブリオマーヌ
1975.春・限定355部

 副題は「文学渉猟によるブルートレイン物語」。「ブルートレイン」は、もともとフランスで19世紀末に走り始めた、リゾート地のコート・ダジュール(紺碧海岸)へ向かう豪華な寝台列車の総称だった。
 フランス語で「Le Train Bleu」(ル・トレーン・ブルー)と呼ばれたそれらは、当初、車体の色ではなく、目的地の紺碧海岸の色を意味するものだったが、のちに客車の色も、ブラウンから名称に相応しいブルーに変更されたという。
 格式のあるワゴン・リ社の寝台車や食堂車を連結したブルートレインは、旧き佳き時代、ベル・エポックの“走るホテル”だった。
 『コートダジュール特急』は、桔梗氏が得意とする“文学渉猟”。ブルートレインの登場する小説や詩などを引用している。なかには直接関係のない話もでてきて、少々冗長なところもあるが、そうした余談もまた、桔梗氏のエッセイの魅力といえるだろう。
 本書は『鉄道ファン』No.165(1975.1)掲載の「“青列車”は紺碧海岸へ向う」がその原型で、『とれいん』No.4(1975.4)掲載の「夢多きワゴン・リ寝台車」は本書の抜粋版になる。

 装幀には“愛書家用贅沢編成”(165部)、“ファン用軽量編成”(190部)と称する2種類があり、愛書家用贅沢編成(画像のもの)は紺碧色の総革装。ピエール・フィックス・マッソーによる機関車の表紙絵に、ライトを模した宝石を嵌め込んでいる。